父の死

昨日(2021-09-13 15:25)、父が亡くなった。母から連絡を受けて自分が駆け付けた時には既に意識不明で虫の息だった。今朝、容態が急変したという。直前まで歯医者に行くつもりだったらしい。激痛のあまりベッドの手摺りにしがみついていたそうだが、医者を呼んで処置してもらって、そのまま意識を失って朦朧となってしまったのだった(ちなみに自分が行った時には、医者や看護師は引き上げており、そこにいたのは母と上の弟と自分だけであった)。

もう長くはないことは元からわかっていたが、せめて、最後に一言「ありがとう」とくらいは伝えておきたかったので非常に悔やまれる。

父からは数日前、思い残す事はないのかと話を振った際、本人としては特に悔いは残っていないと言われた。ただやはり、僕たち子供らの人生にもっと関わってあげていたらなという点は心残りだと。仕事中心になってしまった団塊の世代の功罪なのかなという風に言っていた。僕は、僕のことはそんな風に(お父さんが)気にする必要なんてないと言ったのである。そして、父はむしろ、僕が縁で◯◯◯クラブ(註 1)に出会えたことを非常に感謝しており、僕に礼を言うのだった。

──むしろ、「ありがとう」を言うべきだったのは僕だったはずだ。

父の側は、多分、あのように感謝の気持を表わし、その分は確実に思い残すことなく逝けたはずだと思う。

悔いが残るのは、僕の側である。

だが、これを言えなかったのも、僕自身の(悪い)カルマ故なのかもしれない。言えなくて、悔いて、今後苦しむのは、僕自身であるから、その原因は自業に由来するであろう。(現世的な意味で)挽回するチャンスを二度と失って……。

明日昼、葬儀屋の安置所に移送する(明後日そこから火葬場へ行くため)。母の頼みで、今日も退去前に父の遺体の顔を拝んでから、実家のマンションから自室のあるマンションへと帰ることにした。

父に二度と話せないという状況は、もう動かすことはできない。ここにあるのは、ただの抜け殻である。

しかしそれがわかっていても、ある意味、名残惜しい。今後も父のことを思い出すだろう。そういう意味で、父を最も生々しく思い出せる最上級の遺品が、このベッドに横たわる父の亡骸そのものである。父の存在そのものとしてではないが、父の思い出の遺物として、これ以上のものはないのである。

元来内気だが、知識欲旺盛な父は、家族に“華”をもたらしていた。活動的な母が「明るさ」をもたらしていたとしたら、父は「色どり」の源だった。父とともに、僕の人生の風景から色彩が失われた気がした。

昨夜煩悶しつつ眠り、ある程度心に整理を付けたつもりだ。考察したのだった。──この「ありがとう」を言えなかったカルマによる苦しみは、一生癒せないだろう。これは俗世的な生身の自分の生が抱えたカルマであるから。この種の(生身が背負う)カルマは、アングリマーラ長老やモッガラーナ長老に限らず、例え釈尊を含む阿羅漢(註 2)ですら、不可避だったはずである。出世間による解脱道は、この種の(生身が背負う)カルマ自体を解消するのではなく、この種のカルマを自らが甘受することを、冷静に受け止められるようにするものではないだろうか。

しかし、やはり父の遺体の顔を見たせいか、帰宅後再び、「ありがとう」を伝えられなかった後悔の念が激しくぶり返してきたのだった。

(2021-09-14 21:08)

◯◯◯クラブ
外国語を題材にしたレクリエーション活動をしながら実際にホームステイに行ったり、外国人のホームステイをホストしたりする国際交流を行う団体。父にとっては、言語や国際交流活動そのものだけでなく、メンバーとして同じ日本人でも仕事とは関係のない多種多様な知り合いを得られた場として喜んでいた。
アングリマーラ長老・モッガラーナ長老・釈尊の例
アングリマーラ長老は、阿羅漢聖者となった後も、出家前に犯していた罪(無差別殺人)による一部の人々の憎悪からは逃がれられず、石を投げられたりした。二大弟子であるモッガラーナ長老は、過去生での殺人のカルマにより、異教徒にリンチされて撲殺された。釈尊自身も、デーヴァダッタや異教徒らによるいくつかの攻撃に晒されることがあったが、これも過去生での因縁によるカルマであり、また般涅槃の際も肉体の苦(一般には食中毒とされるが、パール説によると服毒死とも)それ自体から自由だったわけではない。

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