四聖諦

馬場紀寿『上座部仏教の思想形成──ブッダからブッダゴーサへ』によると、「説一切有部や正量部といった諸部派が四諦観察を中心とした修行体系を構築した」としているが、これは語弊のある表現ではないかと思う。というのも、「元々初期仏教には存在しなかった修行体系を、部派時代に新たに作り出した」かのような誤解を生むかもしれないからだ。もちろん、修行体系の詳細にいたるまでの全体的な体系は、各部派がそれぞれ生み出しているわけだが、四聖諦を仏教修行の最も基礎的な枠組みとして中心に据えることは、四聖諦が経典のあちこちで説かれていることからも、部派以前のブッダ在世当時から仏教修行者の間で綿々と実践されていたはずである。

ところが、ゴータマブッダが、菩提樹において、「何を」悟ったのか、という悟りの目的物に関する話題において、初転法輪経などでは明らかにそれが「四聖諦」であることは動かしようのないことなのだが、四聖諦では何ら神秘性がないことから、意味不可解な「縁起」こそがブッダの悟りの目的物であるとする説が生じ、やがて四聖諦を押し退けて縁起に究極の重要性を持たせようとする数百年の活動によって、仏教に歪みを蓄積させることになった。

また、四聖諦の「滅諦」が「単なる苦の抑止」ではなく、「涅槃」を意味することになったため、四聖諦の意味することが本来の意味とは別のものとなってしまい、矛盾を生じることになってしまった。その涅槃へと到達するための鍵・パスポートとなる概念として縁起が神秘性を持って語られるようになった。

そのようにして、(本当はこちらがブッダの悟りの目的物であったはずの)四聖諦が正常に機能しなくなり、一方で縁起がブッダの悟りの目的物であるという思想が一般的となってしまった時代に、上座部大寺派にブッダゴーサが登場する。彼は正常に機能しない四聖諦についての問題を解消すべく、縁起が(縁起も)ブッダの悟りの目的物であるという説に基いて、依然として四聖諦がブッダの悟りの目的物であるという説と併存していた状態からさらに進んで、むしろ縁起こそがブッダの悟りの目的であるという説の方を強調して、四聖諦がブッダの悟りであるという説の方をフェードアウトさせたのである。

ここで一つ忘れてはならないのが、ブッダゴーサの仕事は、本来あくまでも上座部大寺派「内部」でのものだったという点である。馬場の論文によると、まるで、ブッダゴーサと上座部大寺派が、仏教そのものを改変したような風に受け取られかねないような表現になっている。しかし、ブッダゴーサの仕事は、上座部大寺派内部において、自派の正典を定め、それに基いて矛盾のない修行体系を提示するところにあった。これは、大乗仏教の勃興によって、偽典が濫造され、何が仏教伝来のゴータマブッダ本来の教えなのかが、時代を下るにつれて希釈され汚染されてわからなくなっていくことを憂えたからである。

なので、本来は、四聖諦がゴータマブッダの悟った目的物であり、それがより本来の初期仏教としては適切であったとしても、ブッダゴーサにはそこまで踏み込んで是正するべくもない。既に彼の当時の上座部大寺派では、四聖諦の「滅諦」は「涅槃」を意味するものであり、修行体系として用いるには矛盾を孕んでおり、また一方で縁起がブッダの悟りの目的物であるという説も非常に有力・正当なものとして受け止められていた。そのブッダゴーサに取り得る最良の施策が、ブッダの悟りの目的物としては、縁起を統一的に採用し、四聖諦のことは脇に押し退けてしまうことだったのである。

それが縁起の観察を中心に組立て直されたブッダゴーサの修行論書『清浄道論』であったというわけである。

なので、修行論としては、本来の四聖諦から縁起に入れ替えられてしまったので、そこは問題があると思う。一方、正典を確定したという仕事は決定的に大きい。時代の流れによる教えのそれ以上の希釈化・汚染を決定的に押し止めることになったわけだから。正典宗教として、ユダヤ・キリスト・イスラームに匹敵するものとなったのは、上座部のパーリ経典の存在によるものと言っても過言ではないだろう。

そして、結果的に、正典宗教として、決定的な宗教的アイデンティティの確立に成功した上座部大寺派は、そのことによって、世俗の政治権力側に支持され、スリランカ島内において、そして、東南アジアにおいて、教線を拡大していくことになる。

しかし、それらは正典宗教としての性格によるものであって、ブッダゴーサが縁起を中心に組立て直した編集作業は、本来は自派の教えを整理し、未来のために正典の範囲を確定し、矛盾を整理するところにあったわけである。結果的に、その上座部大寺派内部でやったことが、上座部大寺派が他の上座部仏教圏で受容されていくことで、仏教界に広く影響を及ぼすことにはなったが、決して、ブッダゴーサも上座部大寺派も仏教そのものの改変を図ったわけではない。大乗仏教のようなブッダの名に借りた真っ赤な創作を行う確信犯とは全く違う。なので、大乗仏教と同じように、ブッダゴーサも仏教を「改変した」というのはおかしい。

以上、あくまでも、ブッダゴーサと上座部仏教の名誉のために、馬場の論文から、誤解を招くかもしれない部分について念を押してみた。その上で、自分個人としては、やはり、むしろ縁起信仰を除去し、四聖諦を本来の正常に機能する形の四聖諦で捉えて、仏教の修行論を復元するのが、最も理想的ではないかと思う。

ブッダが菩提樹の下で悟ったのは四聖諦である

縁起などではない。そして、滅諦は涅槃ではない。単に、苦を抑止した状態に過ぎず、いわば、マイナスをゼロに戻した状態に過ぎず、プラス(絶対的な境地)ではない。

まず、苦諦。苦は皆が理解(体験)できる。そして、その苦の根本的原因が渇望・渇愛・執着・煩悩といったものであると説くのが集諦。ここまではわかる。しかし、その次に来るのが、悟った人が到達できる境地の涅槃──な訳がない。誰も話についていけなくなる。ゴータマブッダがそのような意味不明な説法をするとは思えない。

四聖諦が、「苦」とその原因である「集」、涅槃(「滅」)とその原因である修行方法(「道」)と解説されているわけだが、これが正解ではないであろうことは、既にこのように滅=涅槃と読み違えることが四聖諦の修行法としての機能不全につながり、ブッダゴーサに『清浄道論』の執筆を余儀なくさせたことからも明らかである。

単純に、「滅」を本来の「単なる苦の抑止」と読めば、何も無理はなくなる。苦の原因である集がわかったのだから、集をやめれば、苦を抑止できるのが理である。苦→集→滅と極めて自然につながる。ブッダの説法に相応しい、何の不明瞭なところのない話の流れである。

つまり、四聖諦は、そのまま、ブッダの初転法輪に始まる説法の流れをそのまま表している。アッサジ比丘がサーリプッタに話した縁起法頌もまさしくこれ(苦→集→滅の三諦)である(👉 縁起説)。縁起信仰自体が、四聖諦を別のことを語ったものと勘違い・誤訳から発生した妄想的迷信なのである。

では、道諦は何か?

苦を抑止しただけでは、何も身動きできなくなる。瞑想してじっと目を瞑ってその場に固まっているしかない。何かを意欲(集諦)しなければ、前に向かって動きようがないからである。しかし、意欲すると、それはまた同時に苦をも生みだす。ではどうすればいいのか?

その答が道諦である。

四聖諦の最終解が中道

道諦とは何ぞや? ということについて、これも一般には「八正道」のことだと言われているが、やはり本来は「中道」のことだろう。中道=八正道ということになっているが、飛躍がある。四聖諦を考えるにあたって、八正道のことは一応忘れて、道諦は中道のことだと考えておけばいい。

つまり、ゴータマブッダの菩提樹の下での悟りは、四聖諦であり、さらにはその四聖諦の考察の過程で、最終的に辿り着いたのが、中道ということである。中道こそ、悟りの最終解である。

中道は、一般には、苦行主義と快楽主義のどちらの両極端からも離れることという風な文脈で語られる。しかし、四聖諦の文脈で考えれば、苦→集→滅と来て、苦を抑止して、身動きが取れなくなった状態の、その解としての文脈で、中道を捉えてみれば、どうだろうか?

意欲(カルマ)を起こすことなく、ただ単に行動する。「唯作」の要諦を、中道としてブッダは示したのである。

最終解のところで、「中庸」(アリストテレス、孔子)や「道」(老子、荘子)の言説と近接する概念に行き着くところは非常に深いものがある。

2020-11-19

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