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父の死 9 遺族年金

本日、母と年金事務所に行き、死亡届や遺族年金(遺族厚生年金や寡婦加算)に関する手続をしてきた。ネットで調べた前情報によると、遺族厚生年金は父がもらっていた額のうちの報酬比例部分の 3/4 程度の額をもらえるとの話だったが、だいたいその通りの額になったみたいだ。母自身の国民年金の額は微々たるものだったので、遺族厚生年金がもらえるかもらえないかは今後の問題として大きい。手続が終って、一安心である。 これであと残るは、相続の問題である。父は遺言を残していないのだが、生前の遺志により、基本的に母が全てを相続する予定である。これから遺産相続協議書を作成するにあたって、まず、法務局の 法定相続情報証明制度 を利用するつもりであり、本籍地の市役所に出生から死亡までの連続した戸籍謄本を請求中である。法定相続情報というのは要するに、全ての相続人をその相続人一覧図が網羅していることを証明するものである。例えば、再婚するなどして、故人の子供にとって片親違いの兄妹姉妹がいるような状況になっていた場合、ちゃんと全ての相続人の同意が得られた遺産分割内容なのかを明確にする必要があるためだ。 従来は、相続人一覧図と、それを証する出生から死亡までの連続した戸籍謄本などを、遺産を管理する各関係窓口(法務局や銀行、証券会社)で手続する毎に提出し、窓口の担当者がそれらを照合して内容が正しいかを判断していた。法務局の法定相続情報証明制度を利用すると、内容の照合は法定相続情報証明の登録時に行い、あとは法務局から証明付きの相続人一覧図を必要な部数だけ無料で発行してもらえるので、それを各関係窓口に提出するだけでよくなる。

父の死 8 諸行無常

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早朝、夢を見た。運動会などのイベント会場に設営されているようなテントの下に設けられたテーブルの席についており(時間帯は日没間もないくらいの感じだろうか)、向かい側の席は今は離席しているがおそらく友人のYがいるのが、背もたれに掛けられた上着でわかる。それぞれの席に抹茶クリームのショートケーキのようなものが置かれており、Yが戻ってくるのを待って食べずにいる。テーブルの向こう側(Yの席の側)から真っ直ぐにこちらに近寄ってくる老人が現れる。野球帽タイプの帽子をかぶっており、往年のプロゴルファー杉原輝雄のような背格好の老人は、特に身なりが汚ならしいだとかいうわけではなかったが、色褪せ古ぼけた雰囲気から自然と浮浪者だと思った。それでテーブルの上のケーキを食べたいのだろうなと思ったので、僕の分を半分取り分けてあげようと、紙の皿か何かないかと探そうとした。しかしケーキを見つめながら真っ直ぐ歩いてきた老人がそのままではYのケーキに手を伸ばしそうだったので、ちょっと待ってと制止して、どうすればいいかなと思っているうちに、Yの席の隣に給仕が置いていたか何かした、取り分け元のケーキの皿を老人は触りながら、ケーキに触れて、指に付いたケーキを舐めたりして食べようとしている。ほとんど僕のことは見ておらず、ケーキのことしか念頭にない様子であった。 目醒めた瞬間思ったのが、この老人は餓鬼であろうということである。そして、顔からして父には似ていなかったが、餓鬼化していて顔に面影がなかっただけであり、可能性として父であったとしても不思議ではないかもしれないと思ったのである。そう考えると、それが父であれ誰であれ、このような者が夢を通じて自分に近づいて来るのであれば、誰であれ、そのような者は供養せずにはいられないと思うと、さめざめと泣けてくるのだった。 夢の中の自分が彼に全く嫌悪感を抱かず、すぐにケーキを分け与えねばと思ったのが救いだが、どうせなら取り分けるとかではなく自分の皿丸ごとさっさと与えていればと、対応の仕方の至らなさを感じた。 上の夢をメモして、寝直してから次は、ついに父が登場する夢を見た(父の生前から、自分の夢には、上の弟と母は比較的良く登場するのだが、父や下の弟はあまり登場しない。とはいえ、上の弟にしても母にしても、それぞれの実際の人物そのものを表しているというよりも、自分の性格のある

父の死 7

今日は最寄りの年金事務所へ、死亡届と未支給年金請求(+母の遺族厚生年金)の手続のために行った。戸籍謄本を始めとする予め必要な書類を揃えて、さらに申請書なども Web からダウンロードして記入済の状態で、満を持して、14日以内とされる期限ギリギリのタイミングで行ったわけだが、「コロナ禍のため、予約がないと駄目」とあっさり門前払いされた。予約だけしか受け付けてもらえなかった。こういうことならば、もっと早めに電話で問い合わせておいた方がよかったのかもしれない。「コロナ禍の密を避けるため」なんて大義名分を掲げているが、どうも国家公務員のこの種のセリフは、国民側のためではなく、職員(国家公務員側)をコロナ禍から守ったり、仕事が忙しくなることを避けることにむしろ本音があり、おためごかし的に掲げられた大義という感じが拭えない。 この辺り、地方自治体の窓口の地方公務員とは、市民との距離感が対照的な気がする。 ちなみに、14 日以内という期限だが、弁護士・司法書士・行政書士などの法律家が執筆しているようなあちこちの相続関係の情報サイトなどで、さも当たり前のように書かれていたのだが、自分で政府( 日本年金機構 )のサイトを調べた限りでは、どこにもそのような期限は書かれていなかった。今日、年金事務所の窓口で門前払いされる時、「14 日以内に手続きしなければいけないのでは?」と言うと「そういうわけではない」と言われた。一体、弁護士資格とは……。 まあとりあえず、年金関係はひとまず来週の水曜日(10/6)に延期になった。 もう一つ、国民健康保険関係で、こちらは市役所の窓口に行った。後期高齢者医療の資格喪失届と、葬祭費の申請。さらに介護保険の資格喪失手続を行った。

父の死 6

今日、カフェで過ごしていた時、お年寄りの男女のグループが歓談しているのに居合わせた。自分の父もまだ元気であれば、同じくらいの年だろうし、あのような楽しい日々をまだまだ過ごせたろうに、と思うと、非常に身勝手ながらとても妬ましくも感じるのだった。 夜、実家に寄ると、母から、◯◯◯クラブの知り合いで、昨年初春に父母と一緒に花巻に旅行した女性から、今日、父が元気かというメールを受け取り、折り返し電話して、(病院でお世話になった知人と、墓を紹介してもらった知人を除いて)実はまだ外に知らせていないのだが、亡くなったのだと明かしたのだという。すると、その女性は、はっきりしないものの父の死の前後数日のタイミングだったようだが、父母の夢を見て気になっていたので、今日メールしたのだという。 夢では、父が土の上に寝ていて、顔は安らかな様子であり、周囲に睫毛が長くて天使のように可愛らしい子供たちが囲んでいた。そして側には母が立っていて、ニコニコしていたという。 その女性と花巻に旅行をした時分は、まだ父の癌の発覚前であり、また夫婦以外の他の人と旅行をした最後の旅だったという。花巻では宮沢賢治ゆかりの観光などもして、父は宮沢賢治の才能を再発見していたく感銘を受けていたそうだ。そして、父は死の数日前にも、宮沢賢治の本を読んでいた。 実家から自分のマンションに戻ると、やっと戸籍謄本が返送されてきていた。来週の月曜日でちょうど死後 14 日目である。年金と健康保険の死亡届を、提出する期限である。どうせ年金事務所に行くなら、死亡届と一緒に未支給分の請求も行いたいと思っていたが、未支給年金請求については戸籍謄本が必要になるので、ずっと戸籍謄本待ちの状態だった。どうやらギリギリ間に合わせられそうである。 (2021-09-24 21:12)

父の死 5

昨日は彼岸だったようだが、月もほぼ満月(正確には今日)で夜空が澄み渡っていた。初七日も過ぎたので、父の兄妹にあたる伯父と二人の叔母に電話で父の死を伝えた。そういえば、火葬場に向かう途中の、火葬場近くの道の土手に、彼岸花が咲いていた。火葬場だから意図的に彼岸花を植えているんだろうねとその時は話していた、良く考えたら、ちょうど彼岸花の咲く季節だったからこそでもある。 初七日までの一週間の間、ブログに記しているように、仏教的見地から輪廻について考えたりして、どうにか父の死を自分なりに適切に受けとめる努力をしていたが、「マレーシアあたりに転生したかもしれない」とか、「そもそも無我であり魂など生きている内から元々無い。錯覚である」とわかってはいても、夜寝ている時、無意識になると、元来の「我という錯覚を持った個の生存本能」に由来する魂的な部分が優勢になってしまう。阿羅漢や不還者ならともかく、せいぜい見解上において正見に近付くことを目指す程度の在俗の自分には、実際の心の性質まで変革するのは容易いことではない。つまり、眠ってしまって、心が無防備になると、魂(個我)という名の錯覚が強く甦ってしまい、その魂が父の喪失を激しく慟哭するのである。 まるで ウェイト版タロットの剣の 9 の絵 のようである。もう少し時間が経って、自分で自分のこととして、過去の自分のこととして捉える時期になってくれば、 盃の 5 の絵 のようなある程度寂しさを抱えながら諦めるしかないような心境になるのだろうが、今はまだ完全に剣の 9 である。 ところが、昨日の朝は、初七日を過ぎたせいか、胸(魂)がえぐられるような直接的な苦痛は感じずに朝を迎えたのだった。喪失の直接的な痛みというよりも、ただ、ポッカリと、父の存在の分だけ、世界から幸せの感覚が失われたような空虚さはあった。ただ、その空虚さがもう基本になってしまったという感じで、有ったものが無くなったという、急激な変化のもたらす痛みは感じなくなってしまっていたのだ。 母が自ら、父の兄妹である伯父叔母たちに連絡するのは、今はまだ辛いというので、代わりに僕が連絡することになった。兄妹の中では最初に父が亡くなってしまったことになる。父から末期癌であることを知らされていなかった伯父と上の叔母にはかなりショックを与えてしまった。下の叔母は少し前に夫(義叔父)を病気で亡

父の死 4

一昨日に父の火葬が終った ことで、葬儀的な面での一応の区切りがつき、やっと諸々の手続的な物事に取り掛かれる心境になった。この辺りのことは、進行中の物事なので、今後も折に触れて記すかもしれない。 まず一般に、医師の死亡診断書を元に市役所に死亡届を提出しなければならないのだが、これは葬儀屋に手配をした段階で、葬儀屋が火葬許可証を取る手続の中に含まれており、我々遺族サイドで直接手続する必要はなかった。 火葬場で火葬が終った際に、諸々のしなければならない公的手続に関する案内が両面に印刷された紙を渡された。基本的に死亡診断書(のコピー)があれば、年金の受給の停止などは手続できる。ただ、ほとんどは、死亡に伴う資格停止の手続というより、故人の権利を相続する相続人側にとっての手続であり、これに関しては、戸籍謄本(全部事項証明)を中心とする証明書類が必要となる。むしろ、相続手続的な要件が中心である。 本籍地は遠隔地にあるので、昨日とりあえず、戸籍謄本を(郵送で)取り寄せるため、本籍地の市役所に請求のための書類を送った。死後速やかに行うべき一連の手続は大体が 2 週間以内なのであまり余裕はないのだが、まあどうにか間に合うだろうと思う。 先日、母と父の転生先について話した際、(悪い方に転生したわけではないのでそれはいいとして)天国ではなかったんだ、というようなことを言われた。すごく人柄の善い人だから、天国に言っても不思議じゃないと思っていたんだけど、と。僕は、仏教的には、人間界もちゃんとした善趣であり、善人であれば、人間は人間でも相応の良い境遇に生まれるんだよ、と答えた。 この点については、やはり一般の人の死後のイメージとギャップがあるかもしれない。現代(というより昔からか?)日本人の死後観というのは、アブラハムの一神教系の天国と同じで、現世が終われば肉体的な生命は永遠に終ってしまい、次のあの世になるだけ。そのあの世への振り分けが、天国(極楽浄土)なのか、地獄なのかという、ワンチャンス一発勝負の終着点としての問題である。これだと、できるだけ良い方に行かせてあげたいと思うのが心情である。 僕自身は元々、本当はあまり天界(欲天・梵天)か人間界かという行き先はあまり気にしていなくて、何か間違って三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)に陥ってしまったらどうしようという点だけが(父について)

父の死 3

本日午前中に父の火葬が無事終った。両親とも浄土宗系の家の出ではあるものの、跡取り長子でもなく、守る墓も菩提寺もなし、特に宗派に対するこだわりはなく、要するにカルチャー的な(社会慣習上の)日本の大乗仏教徒であり、信仰上の自覚ある仏教徒ではない。両親は既に知り合いからの勧誘でマンション型の墓地を契約していたようだが、そこは浄土真宗系らしい。そんな程度の感覚なわけである。 たまたまコロナ禍のご時世ではあったものの、元より両親は簡単な家族葬程度にしたいと考えていたそうなので、家から出る時も、火葬にする時も、何らお坊さんにお経も上げてもらうようなことすらしなかった。 僕自身はブッダへの礼拝と三帰依を黙って唱えたが、これにしても、死者(父)に対して成仏のための呪文を唱えるというような趣旨のものではないわけで、唱える対象は仏法僧の三宝なわけである。 火葬が終わるのを待つ一時間以上の間に、二人の弟にも、父がマレーシアのペナンあたりの華僑に転生したかもしれないという、僕の推理を話した。前日、東南アジアぽい女性のヴィジョンを見た時、「マレーシアなど」という感じで、最初にマレーシアという国名が思い浮かんだのだが、マレーシアというとイスラーム=ムスリムの国という点で、論理的に少し戸惑いがあったのである(父がムスリムに転生するのはまだ構わないのだが、仏教徒である僕がその息子として転生しうるのかという問題)。しかし、後でよくよく調べてみると、最大多数のマレー人(ムスリム)に次いで華僑系のマレーシア人も結構いるということがわかった。ヴィジョンの女性は切れ長の眼が特徴的だったから、華僑系マレーシア人というと違和感はない。さらにペナンは元々貿易都市であり、近年は新興工業都市として発展著しいマレーシア第二の都市であり、貿易都市時代から華僑が多く集っているという。 さらに、宗教面について調べてみると、華僑系マレーシア人は元々は大乗仏教だったり道教だったりするようだが、要するに日本人同様、宗教はどちらかというとカルチャー(社会儀礼)的なものであり、信仰心との結び付きが薄い。それで地理的にも、スリランカ・ミャンマー・タイ出身の本物の上座部の比丘がやってきて指導を行っており、上座部仏教徒の在家コミュニティが華僑の間に広がっているという。 これは典型的な(特に信仰心があるわけではない、実質無宗教の)日

父の死 2

今朝(2021-09-15 06:40)の夢の最後の場面だけ印象に残っているが、バスか何かで踏切か交差点に差しかかろうとしており(時間帯は日没直後あたりの夜っぽい)、特に何らストーリーなしに一人の若い二十そこそこの女の姿が(バスの中に?)いた光景で終っている。また同時に「Joy」というキーワードも終りに浮かんでいた。目覚めた時、心臓がドキドキしていた。 その女は切れ長の眼をしているが、どちらかというと日本人などの東北アジアの北方モンゴロイド的ではなく、マレーシアとかインドネシアとか(タイやシンガポールを含む)東南アジア系の感じだったかもしれない。さらにはロシアまでを含む、アフガニスタンなどの中央アジア系の女性にもいそうな感じだった。ヨーロッパやアラブ人のような、睫毛の濃く眼がパッチリ系ではないのだが、かといって北方モンゴロイドぽくもなく、どこかエキゾチックな感じがあった。肌の色は濃くはなく東南アジア系としては比較的色白に思えた。やや口がおたふくというかおちょぼ口というかかわいく突き出したような印象だが、かといって日本人のオカメ顔というわけではないのである。髪はサラサラの黒髪ロングであった。考えようによっては、Yちゃん(註)に似た系統の顔かもしれないが、夢の女がなぜマレーシアあたりの東南アジア系に見えたかというと、小柄小顔で華奢な感じが、日本人でも普通は女子中学〜高校生くらいの間限定だろうと思うのだが、東南アジア系では成人しきって二十代でもそんな感じだったりするからである。 もしかして、これが父の母親となる人なのかもしれないなと思った。前日、父の次生について、何らかの手がかりが得られればな、と思って床に就いたからである。 もし、東南アジアなのだとしたら、母や僕たちも、このまま行けば来世はそちらに生まれることになるのだろうか、父方のおばあちゃんも、そういう流れで先にそちらに転生していたのだろうか? などと思考が膨らむ。父は戦中生まれで、高度経済成長期〜バブル期をくぐり抜けてサラリーマンとして過ごした世代である。次生も似たような時代の潮流にある土地へと生まれることになるのかもしれない。そう考えると、地球規模で、輪廻を通じて、転生の水平移動が起っているのではないだろうか。次回、僕は日本人ではないのかもしれないのである。そう考えると、後に転生することになるかもしれない外

父の死

昨日(2021-09-13 15:25)、父が亡くなった。母から連絡を受けて自分が駆け付けた時には既に意識不明で虫の息だった。今朝、容態が急変したという。直前まで歯医者に行くつもりだったらしい。激痛のあまりベッドの手摺りにしがみついていたそうだが、医者を呼んで処置してもらって、そのまま意識を失って朦朧となってしまったのだった(ちなみに自分が行った時には、医者や看護師は引き上げており、そこにいたのは母と上の弟と自分だけであった)。 もう長くはないことは元からわかっていたが、せめて、最後に一言「ありがとう」とくらいは伝えておきたかったので非常に悔やまれる。 父からは数日前、思い残す事はないのかと話を振った際、本人としては特に悔いは残っていないと言われた。ただやはり、僕たち子供らの人生にもっと関わってあげていたらなという点は心残りだと。仕事中心になってしまった団塊の世代の功罪なのかなという風に言っていた。僕は、僕のことはそんな風に(お父さんが)気にする必要なんてないと言ったのである。そして、父はむしろ、僕が縁で◯◯◯クラブ(註 1)に出会えたことを非常に感謝しており、僕に礼を言うのだった。 ──むしろ、「ありがとう」を言うべきだったのは僕だったはずだ。 父の側は、多分、あのように感謝の気持を表わし、その分は確実に思い残すことなく逝けたはずだと思う。 悔いが残るのは、僕の側である。 だが、これを言えなかったのも、僕自身の(悪い)カルマ故なのかもしれない。言えなくて、悔いて、今後苦しむのは、僕自身であるから、その原因は自業に由来するであろう。(現世的な意味で)挽回するチャンスを二度と失って……。 明日昼、葬儀屋の安置所に移送する(明後日そこから火葬場へ行くため)。母の頼みで、今日も退去前に父の遺体の顔を拝んでから、実家のマンションから自室のあるマンションへと帰ることにした。 父に二度と話せないという状況は、もう動かすことはできない。ここにあるのは、ただの抜け殻である。 しかしそれがわかっていても、ある意味、名残惜しい。今後も父のことを思い出すだろう。そういう意味で、父を最も生々しく思い出せる最上級の遺品が、このベッドに横たわる父の亡骸そのものである。父の存在そのものとしてではないが、父の思い出の遺物として、これ以上のものはないのである。 元来内気だが、知識

アフガニスタン最大民族パシュトゥン人=ユダヤ人の失われた10部族の末裔

2015-04-12 だからもう 6 年以上前の記事 になるが、「現代のアフガニスタン全域とイラン東辺部までを含む領域が、シャカ族の勢力圏だった」というラナジット・パール氏の説を足掛りにして、シャカ族の王都カピラワットゥ=(現代の)カブールであるという説を展開した。また、パール氏の「シャカ族とヘブライのダン族の関連性」から、ガンダーラ地方全体が、実際の「約束の地=イスラエル」ではないかという説にも発展させた。 今日、「 アフガニスタン最大民族パシュトゥン人=ユダヤ人の失われた10部族の末裔 」という説があったという話を初めて知った。 この民族はかねて「イスラエルの子孫」であると口述伝承してきたという。 加えて、生後8日目で割礼を行い、肉とその乳を共に食さない。安息日の前夜にろうそくを灯すこと、寡婦が死亡した夫の兄弟と結婚する「レビラト婚」などを慣習としており、古代ユダヤ教の戒律や習慣と共通する。 自分がパール説を元にして展開した説は各種状況証拠から推理したものだが、このような直接的証拠があったということはむしろ、自分の推理の展開の仕方が妥当であったということの裏付けになるのではないかと思う。